続巷説百物語/京極夏彦
平成13年(2001年)5月30日に刊行された京極夏彦の人気長編シリーズ「巷説百物語」の第2巻。最凶のエピソード「死神〜或は七人みさき」や、多くの登場人物にとって因縁深い「狐者異」を収録。シリーズ通じて全体の大きな伏線や起点となる作品である様に思う。前述の2話のほかに「野鉄砲」、「飛縁魔」、「船幽霊」、「老人の火」の、全6篇からなる。
ところで、「巷説百物語」シリーズとは何ぞやということで、改めて簡単に説明すると、妖怪仕立てで事件を解決する「必殺仕事人」的な話である。主人公は「御行の又市」という裏稼業に生きる小悪党。その仲間に「山猫廻しのおぎん」、「事触れの治平」といった面々がおり、蝋燭問屋の若隠居で戯作者を目指し、全国津々浦々の怪談を蒐集している「考物の百介」という物好きな一般人も巻き込んで、すったもんだする話である。各話のモチーフとなる妖怪は、江戸時代後期の戯作者桃山人が記し、竹原春泉斎の妖怪画を挿絵に使用した「繪本百物語・桃山人夜話」が出典となっている。
昨年末、令和5年12月発売の季刊「怪と幽」Vol.15で「了(おわりの)巷説百物語」の連載は終了した。後は書き下ろしによる最終話を収録した単行本の発刊を以てして「巷説」シリーズはいよいよ完結する。平成9年(1997年)に創刊した「怪」第零号から連載が開始し、足掛け23年だ。僕もこのお話と共に23年歳を取った。この話読みたさに連載されていたカドカワムック季刊「怪」の購入をVol.28まで控えてしまったほどだ。
普通逆だろ。読みたかったら買うのが普通だ。でも僕はちまちま1話づつ読むのが嫌だったので単行本が出るまで読みたくなかったのだ。
その季刊「怪」を購入しなかった期間13年間。今にして思えば結局Vol.28以降は欠かさず買ってるんだから、最初から買ってれば今頃季刊「怪」は僕の本棚の中でフルコンプの状態だったはずなのだ。我ながら自分の行動がよく分からない。
そんな話はさておき、「巷説」シリーズがもうすぐ完結するのだ。それにあたって最終巻『了』に最も関連深い第2卷「続巷説百物語」を、いろいろ再確認も兼ねて今回読み返してみたのだった。
本作の中心となるのはやはり「死神〜或は七人みさき」だ。「飛縁魔」、「船幽霊」から伏線が張られており、最終話「老人の火」は、それら一連の事件の締め括りとなる6年後の出来事だ。
北陸若狭湾に面した小藩「北林藩」では、毎年7人づつ領民が誘拐されて惨殺されるという不可解な未解決事件が5年前より1年おきに起きていた。それは「七人みさき」と呼ばれる祟り神のせいだとされていらしいのだが、諸国の怪異を求め蒐集している山岡百介にとってはその説には合点が行かない。「七人みさき」とは多くの場合は四国の土佐などで言われる所謂「船幽霊」的なもので、海上に七人で現れ、柄杓で海水を船に汲み入れて沈没させ、乗組員を水死させるというものであり、攫って後、切り刻むというのはどうにも腑に落ちない。
そんな折り百介は、北林の惨殺事件と似た毎回7人が犠牲となる事件が、9年前から数回、江戸でも起きていたことを聞き及ぶ。そして真相を探るため訪れた当時のことを知る北町奉行所同心田所真兵衛の口から、一度は捕縛した下手人と思われる者たちを上からの命令で放免した経緯があることを知るのであった。下手人は北林藩の大名の江戸詰の次男坊とその供侍。北林虎之進と四神党の5人組だ。9年前に浅草で興行されていた無惨絵を生き人形で模した「生地獄傀儡刃傷」という七幕からなる見世物を実際に再現していたというのだ。
その後も同様な事件を繰り返していた北林虎の進と四神党なのだが、5年前に江戸から姿を消す。同時にその年江戸では七人殺しは起きなかったが、同様の事件が北林藩で起きる。それ以降は江戸と北林で1年おきに事件は繰り返された。5年前とは北林虎の進が先代の跡を継ぐため国元に呼び戻された時期と合致する。北林藩主となった虎之進改め北林弾正景亘が、参勤交代で上京した際には江戸で、平時には国元北林で、1年に7枚ひと組で発売されていた続き物の無惨絵、笹川芳斎作の「世相無残二十八撰相」を4年に渡って再現し、毎回7人を殺害し続けていたのではないかという結論に百介は至る。
そして現在進行形で怨霊騒動が起きているという北林藩に浪人東雲右近と共に向かう百介。右近も妻子を四神党に惨殺されているのだ。騒動の中心には必ず又市とおぎんがいる。藩主が犯人であるこの事件に狂言仕立てで勝ち目はあるのか?縺れ合う数奇な因縁に導かれ復讐の機会を狙う御燈の小右衛門。実在した伝説の隠し金山。一国丸ごと誑かす小股潜りの言の葉のスキル。岩山を吹き飛ばす禁断の御止技「飛火槍」の威力。あまりにも壮絶なまでに残酷な武士の有り様。悲しい真実。果たして御行の又市は呪われた北林藩の祟りを解くことが出来るのか。
といった様なお話だ。
最終話「老人の火」で百介は、騒動から6年後、北林藩を再訪する。その冒頭で、百介は既に2年ほど又市たちに会ってないことが語られる。又市一味は百介が戯作者として人情本を開版したのを境に、プッツリと消息を絶っていたのだ。そして訪れた北林の地で百介が遭遇したのは、死に切れなかった悲しき老人2人の心中とも言うべき果たし合い。その場に黒装束の「八咫の烏」と名乗って姿を現した又市とおぎんと思われる2人。「これが今生のお別れになりやしょう」と背を向ける2人に百介は、死んでいった老人2人のためにせめてもの弔いの言葉を泪ながら乞うのであった。そして八咫の烏の残した言葉「御行仕奉」。これ以降、生涯百介は怪異話を求めて諸国を旅することをやめ、その理由を一切誰にも話さなかったのだという。
同巻収録の「野鉄砲」では事触れの治平かかつて盗賊蝙蝠一味の引き入れ役であったことが明かされ、種子島以前に伝わっていたとされる石を弾丸として飛ばす野鉄砲という銃が登場する。野鉄砲はその後のエピソードでも使われることになる。
山猫廻しのおぎんの出自に迫る「狐者異」も非常に重要なエピソードで、これは第4作「前巷説百物語」に大いに関わってくる。不死身のバケモノ「稲荷坂の祇右衛門」に纏わる話だ。
シリーズはこれ以降、明治期に入って年老いた百介が昔語りをする体裁で進行する「後巷説百物語」、エピソード0とも言うべき前日譚「前巷説百物語」、又市の相棒である靄船の林蔵を主人公として大阪が舞台の「西巷説百物語」、岩手の遠野を舞台とし長耳の仲蔵を主人公とした「遠巷説百物語」と続いていくのだが、メインの時間軸におけるリアルタイムの御行の又市の活躍はほとんど描かれなくなる。それどころか『前』以降では、あたかも又市自身が妖しであるかの様に、滅多に登場しないレアな存在となってしまうのだ。
シリーズ完結編「了巷説百物語」は、「死神〜或は七人みさき」の続きの話である。時系列的には4年後。北林藩における忌まわしい祟りを解いたのち、御行の又市が語った言葉「千代田のお城にまだでっけえ鼠が残っておりやす」を、つまり一連の事件の黒幕との戦いを描いた作品だ。
平成12年(2000年)のWOWWOW放送のドラマ・シリーズでしか語られていなかった「福神流し」のプロットを大幅に導入し、道灌屋の稲荷藤兵衛一味や北町奉行遠山左衛門尉(遠山の金さんである)などといった魅力的な新キャラに加え、これまでのシリーズ登場人物総出演的な内容となっている。加えてスピンオフ作品の「数えずの井戸」なども絡んでくるという、文字通り集大成なのだ。
更に新たに知ったことがある。
今回このテキストを打つにあたり、WikipediaでWOWWOWのドラマ・シリーズについて確認してみると、ドラマ版の第1話「七人みさき」の放送は平成12年1月、件の「福神流し」は同年9月だった。「怪」誌上での「死神〜或は七人みさき」の掲載が翌平成13年1月なので、ドラマより後だったことが分かった。ドラマ・シリーズの脚本自体を京極夏彦自身が手掛けているので、作者は意図的にこうしたのであろうと思われるが、ドラマが先だったとは今の今まで知らなかった。これも13年間も「怪」を買ってこなかった弊害なのかも知れない、と思わざるを得ない。
でもまあいいや。
長きに渡って随分と楽しませてもらった。おそらく「了巷説百物語」の単行本が出る前に僕は多くのシリーズ既刊本を読み返すことになるだろう。
完結するからには正統的な続編はもう望めない上に、既に『後』『前』『西』『遠』自体がスピンオフ的な意味合いを持っているので、「巷説」シリーズの残滓は、もうひとつの京極夏彦の柱である「百鬼夜行」シリーズに託すしかない。最新刊「鵼の碑」に登場した笹村市雄なる人物。彼は『後』に登場した又市/おぎんの孫であり百介の養女となった山村小夜と元北林藩士笹村与次郎の孫であることが既に明かされている。市雄自身も仏師と言いながら山の民マタギに育てられたかなり怪しい人物であったので、今後も登場してくることだろう。
「書楼弔堂」はあと1巻(全4巻)で完結するはずだが、ちょいちょい「巷説」のネタ、「百鬼夜行」のネタをぶち込んでくる。それもあと1巻で決着するから待つしかない。
あと強いて言うなら「豆腐小僧双六道中」に出てきた「おりん」は山岡小夜の母、つまり又市/おぎんの娘と同一人物なのか?問題ぐらいか。『後』の最終話「風の神」の冒頭で既に死亡したとされていたおりんなのだが、どうなのだろう。「豆腐小僧双六道中」の中ではややおっちょこちょいでお茶目なキャラクターであった彼女なのだが、その後が気になるところだ。
という訳で長々書いたが、そういうことだ。どういうことかというと、つまりは僕が京極夏彦愛読者である、ということなのである。
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