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ばくうどの悪夢 / 澤村伊智

「今一番怖い作家」などのキャッチ・コピーで知られる澤村伊智氏の最新書き下ろし長編小説にして比嘉姉妹シリーズ最新作。

夢の中に潜む怪異に「霊能者姉妹」比嘉琴子、野崎真琴は如何にして挑むのか?

ここを起点にシリーズの新たなフェーズへの突入を予感させる重要作。

面白かったっす。

以下、ネタバレあります。

時は2019年。舞台は、オカルト・ライターで、物語のヒロイン真琴の夫である野崎和浩の地元兵庫県東川西市のT台という田舎町。

小説家/評論家の尊敬する父片桐考朔の判断で東京から唐突にこの町に移住してきた中学1年生の「僕」は、引っ越して以来頻繁に見る様になった悪夢に悩まされていた。

その夢を見ると現実世界の「僕」の体に痛みを伴って発現する蛇の鱗の様な痣。それは回数を重ねるごとに大きくなっていく。

黒い大きな影に追いかけられるその夢を恐れるあまり「僕」は睡眠を取ることに恐怖を感じ始めている。

父考朔は、かつて小学校中学校で常にリーダー的存在で、今でもそのグループ「片桐軍団」のメンバーとは家族ぐるみの付き合いをしている。

が、彼らの田舎根性丸出しの低俗さに合わせることが出来ず、「僕」は辟易とした日常を送っていた。

またそうした背景と別に、T台では「僕」が引っ越して来る少し前に、稀に見る非情な大量殺人事件が発生していた。

「東川西市産科病棟殺傷事件」。

16人が犠牲になったその事件で、軍団メンバー樋口光太郎、由愛親子は、出産のため入院中だった妻であり母静香を、胎児共々殺されていた。

そんなある日、軍団メンバーの一人の息子早坂彬良が突然死する。その彬良の死体には「僕」のと同じ模様の痣が。

彬良の死をきっかけに、軍団メンバーの子供たち「僕」、樋口由愛、伊庭劉は、3人とも同じ悪夢に襲われ、同じ様に現実世界において痣が出来ている事実を共有する。

SNSで連絡を取りつつ、ぎこちなく友情を深めて行く3人。軍団メンバー野崎の配偶者であり、霊能者でもある真琴の手助けも受けながら、彼らは真相に迫っていく。

徐々に明らかになっていく真相。

古代神の末裔なのか謎に満ちた「ばううど」なる伝説の存在。

不気味な子守唄。

殺意を持って「僕」の夢に現れた女性比嘉琴子。

父考朔による鮮やかな謎解き。意外な真犯人。

全てが解決し、誇りに満ちた気持ちで父の講演会場に向かった「僕」は、そのバック・ステージで激しい異変に見舞われる。

といった感じが物語の前半である。

大きな伏線として序章部分で描かれる目を背けたくなる様な凄惨な殺人描写。

ビジュアルに訴えかけてくる文章表現を駆使しながら、イマジネーションのみが頼りの「小説」というメディアの特性を存分に使って構築されるトリック。

「当然このままでフツーに終わる訳ねーよな」と思いながらも一気に読み進んでしまう。

そして虚構はリセットされ、新たな物語が立ち上がってくる。

場面は東川西総合病院の緊急病棟。手術室入口の、手前の廊下。

16人もの犠牲者を出した「東川西市産科病棟殺傷事件」の犯人片桐考朔の緊急手術がそこでは行われていた。

「僕」こと伊庭劉の父雪雄が内科医として勤務する病院だ。駆けつけた「片桐軍団」のメンバーもあまりのことに混乱しきっている。

なぜこんな事になってしまったのか?

現在の軍団メンバーは皆、それぞれにキャリアを築いていた。

「僕」こと伊庭劉の父伊庭雪雄は川西総合病院の内科医。母麗未は同病院の外科医。

樋口由愛の父光太郎は警察官で、母静香は出産を控え入院中。

早坂彬良の両親、弦と靖子は夫婦で映像制作会社を経営している。

野崎和浩はペンネーム「野崎昆」として、共著ではあるが念願の本を出版し、オカルト・ライターとしてその道を着実に歩み始めたところだ。

久々に伊庭邸にて集結した片桐軍団は旧交を温めるが、宴が進むに連れ、偉大なる軍団長のはずの片桐の様子に異変が。


請われて、取材中だったT台に伝わる不気味な子守唄について私見を述べていた野崎に、必要以上に突っかかっていく片桐。その剣呑な雰囲気に徐々に宴は白けていき、やがては片桐の相次ぐ無差別な暴言に場は険悪なムードになってしまう。

野崎夫妻に送られて伊庭家を後にする寸前だった片桐だったが、真琴のかけた少し嫌味の入った一言に再び逆上し、そこから姿をくらましてしまう。

そしてその翌日に彼は「東川西市産科病棟殺傷事件」を引き起こし、遁走するのであった。犠牲者16名の中には樋口静香も含まれていた。

全ての当事者が深い悲しみと大きな困惑で思考停止になっている最中、事件から4日後、こともあろうに連続殺人犯片桐考朔が、大型トラックに轢かれ、生きているのが奇跡ぐらいの状態で東川西総合病院に救急搬送されてきたというのだ。

だが真の異変はここからだった。

手術室から漏れ聞こえてくる片桐の高々とした笑い声。最早笑うことができる様な形を留めていないという重態の彼が楽しそうに笑っているのだ。

その戦慄の事実。

誰もが耳を塞ぎ、正気を保とうとしても、その笑い声は脳に直接響いてくる。真琴曰くそれは「魂が外部に漏れている。」のだという。

幸せに満ちた感情と共に連続殺人犯片桐考朔は絶命する。

そして始まった軍団メンバーと家族に対する強烈なバッシング。

それはネット上でも拡散し、T台は憎悪渦巻く陰鬱な雰囲気に支配され、「僕」こと劉、由愛、彬良も精神的に病んでいく。

明るかった彬良も無反応な子になってしまうが、眠っている時だけ幸せそうな寝言を言う様になる。起きていても辛いから幸せな夢の中に居たいと願う彬良。

やがて彼は衰弱して死んでしまう。

このことを機会に劉も由愛も辛い現実よりも幸せな夢に生きることを望む様になる。

事件の解決に腐心する真琴と野崎。

そんな折、真琴の姉であり、最強の霊能力者である比嘉琴子が、東川西総合病院に意識不明で入院していることが判明する。

どうやら琴子は片桐が搬送されきた直後から、彼の精神に干渉する「夢送り」という秘術を施していた様なのだ。

琴子のメモからそれを知った真琴は、姉を助けるべく、そして事件を収拾するべく、「夢送り」を再現し、琴子の夢の中に、劉、由愛と共に潜入して行くのであった。

全てが伏線だったと言える前半を回収しながら突き進む展開。

語り部である「僕」の交代。

幸福な夢を見せてその魂を喰らうという「ばくうど」なる怪異の正体は?

自らの夢に逃避し続ける琴子は目覚めるのか。

真琴、劉、由愛は生還出来るのか。

巻末に記された作者の言葉は「フレディ・クルーガーへ」であった。

角川書店から発行されている季刊誌「怪と幽」vol.13掲載のご本人のインタビューでも触れられているが、この作品は、ド定番とも言えるホラー映画の金字塔「エルム街の悪夢」への思いっ切りのオマージュである。

そのド定番の設定を逆手に取り、比嘉姉妹のテイストをふんだんに盛り込んで、毎度ながら民俗学的味付けもしっかりと、ああ、日本人で良かった、というホラー小説に仕上げてきてくれている。

前半部分のフレディ的立場として登場してくる琴子姉ちゃんはヤバかったっす。

以下は僕の感想です。

いやぁー。面白いですねー、比嘉姉妹シリーズは。

とは言いつつ、僕がこのシリーズにハマったのは今年の1月。偉そうなこと言いつつも新参者でございます、はい。すいません。

でもそこからイッキ読みしましたけどね。全部。3日ぐらいで。

このシリーズは「来る。」というタイトルで映画化もされた「ぼぎわんが、来る。」が最初の作品。作者の澤村伊智さんにとっては初めて書いた小説だったらしい。

それでいきなり2015年の第22回日本ホラー小説大賞を受賞しちまってんだからなあ。スゲーわ。

以降、長編シリーズとして「ずうのめ人形」「ししりばの家」そして今作「ばくうどの悪夢」。そしてその合間、合間に、短編集の「などらぎの首」「ぜんしゅのあしおと」(←このあしおとって漢字が変換で出てきましぇん)「さえづちの眼」をいきなり文庫でリリースしているのだ。

長編シリーズが軸になっていることはもちろんなのだが、この短編がまた曲者で、時系列を行き来しながら本シリーズを補完する役割を担っていて、絶対に読まない訳にはいかないのだ。

この短編のエピソードの中から新たな長編に発展することは充分に考えられる。

「怪」と「幽」が合体して「怪と幽」になって以来、ほぼ毎回この短編シリーズは掲載されており、恥ずかしながら「怪と幽」を全部読んでるにも関わらず、vol.13のご本人インタビューを読むまで、僕はそのことに気付かなかったのだ。

だからその事実に気付いた時の衝撃は「えええええええーっ」って感じだった。イッキ読みできる喜びがあって嬉しかったっす。

注意、再び以下はネタバレです。

琴子を覚醒させ、ばくうどを封印したかに見えた真琴だが、本作の最後でまだ目覚めていない。

琴子の夢の中に出てきた既に死んでしまっている姉妹兄弟たち。

真琴にとっての琴子の下の姉美晴、双子の弟龍也に虎太、更にその下の弟肇に妹栞。彼らの人生、そしてその死はまだ語られていない部分が多い。

美晴は第3のヒロイン的な存在で「ずうのめ人形」や他の短編にも度々登場しているし、双子の弟龍也、虎太もその非業の死が既に描かれているが、これまで名前だけでその存在を知らされていた肇と栞が少しではあるが今回初めて登場してきた。

いよいよ次作あたりで言及されるのか。

最新の短編集「さえづちの眼」に収録されたエピソード「母と」では、口寄せ(イタコみたいなやつね)ではあるが生前不仲だった母栄恵と真琴は直接対峙している。

そして気になる今後宿敵になり得る存在の、謎の少女、尾綱瑛子も現れた。

次作以降、いよいよ比嘉家の謎や、真琴が子宮を失ってしまったエピソードが語られるのだろうか?

期待は高まる。

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