北条氏康「関東争乱篇」/富樫倫太郎
富樫倫太郎による北条サーガ最新作「北条氏康」の第4巻。
前作で今川家、扇谷上杉家、山内上杉家の連合軍による8万に対し、3千の軍勢で河越城の夜襲に成功し、窮地を脱し、逆に勢力を拡大に成功。扇谷上杉家を滅亡させ、山内上杉家を越後に放逐。残りは房総半島を制して関東制覇目前まで来た小田原北条氏3代目氏康とその軍配者風摩小太郎の前に、突然現れた越後の長尾景虎との戦い、そして武田 vs 長尾の「川中島の戦い」を描いた「関東争乱篇」だ。
これまでシリーズを通しての主人公格であった風摩小太郎が54歳で病死。ライバル山本勘助こと四郎左も第4次川中島の戦いで戦死。サーガは次巻より北条氏滅亡への道程を描くことになるだろう。
そもそもこの「北条サーガ」シリーズとは、本邦初の大学と言われる軍配者の養成機関「足利学校」で学んだ3人、北条氏に仕えた風摩小太郎、武田氏に仕えた山本勘助こと四郎左、扇谷上杉家に仕え、最後は長尾(上杉)家に仕えた曽我(宇佐美)冬之助の3人を中心とした群像劇「軍配者」シリーズを起点としている。
伊豆、相模を制圧し、下剋上を厭わない戦国時代の幕を開けたと言われる伊勢新九郎盛時。得度して伊勢宗瑞。更に隠居後は早雲庵宗瑞と名乗った、後に北条早雲と呼ばれる彼なのだが、後継の氏綱も優れた武将として頭角を現し、更に領土を拡大し続けているところであったが、気懸りは孫の伊豆千代丸である。
そんな中、宗瑞は香山寺の住職天宗清より、学問の才のある下働きの少年、風祭村の小太郎を紹介される。
この少年を孫、後の3代目氏康の軍配者として英才教育することをにした宗瑞は、彼を日本初の大学「足利学校」で学ばせるべく送り込む。
そこでの四郎左や冬之助との出会いや学園生活を、更には氏康の成長とその初陣直前あたりまでを描いたのが、シリーズ最初の作品「早雲の軍配者」である。
「信玄の軍配者」では、生まれつきの不細工で苦労人四郎左の生い立ちや、山本勘助として武田晴信(信玄)に認められ軍配者として活躍し、愛する人と巡り合い、幸せを掴む様子が描かれる。
続く「謙信の軍配者」では天才的な軍事の才能を持ちながら、主君に恵まれず、不遇な人生を送って来た曽我冬之助が、人生の最後期に、自らを毘沙門天の化身と名乗る長尾景虎(上杉謙信)に出会い、仕え、日本史上、最も有名は戦のひとつ「川中島の戦い」で軍配者山本勘助と激突するまでを描いている。
ここまで書き切ったところで、一旦、物語は完結している。
しているのだが、作者の心中には「北条サーガ」の構想がもう出来上がっていたのだろう。
シリーズは、原点「北条早雲」へと繋がっていくのであった。
これまでその人生の前半は謎が多いとされてきた北条早雲なのだが、最新の研究ではかなり詳しいことが分かっている。
もちろん細部にわたっては諸説ある部分は多いのだが、そうした最新の学説に則って描かれた伊勢新九郎盛時=伊勢宗瑞=早雲庵宗瑞の人生の物語である。
備中というのだから岡山辺り。新九郎の故郷はそこら辺らしい。
僕が中学生の頃の北条早雲は謎の浪人で、そこから下剋上で這い上がった、何となく無頼なイメージのある人物な感じだったが、最新の研究ではそんなことはなく、元々室町幕府の役人の家系で、実際、新九郎自身も九代将軍足利義尚の奉公衆として仕えていたという。
また姉の北川殿が駿河今川家に嫁いでおり、今川家の嫡子竜王丸(後の氏親)の叔父にあたる。この竜王丸の家督相続の際の争いを今川館を襲撃して敵対勢力を駆逐、今川家の臣下として沼津の興国寺城を預かることとなる。これが新九郎の大名への道の始まりである。
この後、伊豆を制圧し、小田原城を奪取し、相模に進出し、鎌倉に入り、三浦半島を支配していた三浦一族との戦いに勝利する辺りまでが宗瑞の物語である。明応2年(1493年)、伊豆に攻め込む時、よほどの覚悟が必要だった様で、この時に新九郎は出家して宗瑞となったとのことだ。
1519年に死去するのだが、名だたる戦国武将、例えば3英傑の生まれ年を見てみると、信長が1534年、秀吉が1537年、家康が1542年。信長が産まれる15年前に宗瑞は死んじゃってるのである。
2代氏綱が1487年、3代氏康が1512年、4代氏政が1538年と、3英傑と同年代は4代目辺りなのだ。
更に小田原北条氏は基本関東の覇権を扇谷/山内の両上杉家、今川家、武田家、房総半島の里見家、更には越後長尾家と争っており、駿府より西とはほとんど関わっていない。
強いて言えば今川絡みで、信長が名を上げた「桶狭間の戦い」が1560年なのだが、その前年の1559年には北条家では3代氏康に家督相続が為されている。
何が言いたいのかと言うと、つまり北条家の全盛期と3英傑の時代はほとんどかぶっていないのだ。
大河ドラマとかで焦点の当たる戦国時代の中でも繰り返されるのは3英傑の時代ばかりで、秀吉の小田原制圧などの件では、そこにも幾重にもドラマがあるのに省略される事が多くて不満がある、と小田原出身の僕は思うのである。
さてサーガの続く次のシリーズが「北条氏康」なのだが、話は宗瑞の晩年へとループする。
隠居し「韮山様」と領民に呼ばれ親しまれていた宗瑞が、香山寺の住職天宗清より、学問の才のある下働きの少年、風祭村の小太郎を紹介されるところから第1巻の「二世継承篇」は始まるのだ。
そして軍配者シリーズではあまり触れられなかった2代氏綱の頃の話が2巻の「大願成就篇」で、幼少期の氏康やそれを見守りサポートする風摩小太郎の活躍が中心だ。
そして日本軍史上、「桶狭間の戦い:と並んで、最も危険は奇襲作戦のひとつとされる「河越城の夜襲」を描いた第3巻、そしてついに動き出し、関東に新たなカオスを呼び込む長尾景虎の動きを描いたのが本作「関東争乱篇」である。
冒頭でも記した通り、今作で小太郎、四郎左は死んでしまう。冬之助は長尾家の軍配者を辞し、武田晴信に謁見し、四郎左の首を家族に返す。
その足で小田原を訪れ、病の床にある小太郎を訪ね、四郎左の最期を告げ、自身は再び原点の地、足柄学校に向かうのだが、これって「謙信の軍配者」のエンディングである。それがここでまた再度なぞらえることになる。
つまり「北条氏康」においては一回やった話が繰り返される場面が結構何回もあったのだ。でも北条サーガ全体を描くと言うこととなると、そうならざるを得ないのか。
だが、この先の展開はこのシリーズの中でも未踏の境地が描かれることとなる。
期待を持って待ちたいが、多分2年ぐらい先の話になるんだよな〜。忘れちゃうんだよ、これが。
価格:1870円 |