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ブック・レビュー 2024 夏〜秋

今年の初夏あたり、6月終わり頃から、秋、というか体感的にはまだ夏だったが、9月末頃にかけて読んだ本で、まだ紹介してなかった本を一気にレビューしてみようかと思う。

狐花〜葉不見冥府路行/京極夏彦

相変わらず京極夏彦の本は全て読んでいるのだが、本作は、京極夏彦が歌舞伎座の八月納涼歌舞伎のために書き下ろした脚本の、本人によるノベライズで、歌舞伎の上演に先駆けて出版されたものだ。

その情報を知った当初「何だそれ」と若干ナメてかかっていた。

実際、京極作品にしては短編とも言える文章量で1冊になっているし、中禅寺洲斎が主人公であるとは言え、チャチャッとお茶を濁す程度のもんだろうと鷹を括っていたら、最終的にトンデモない重要な発表がなされ、思わず座り直してしまった。

作風としては「百鬼夜行」シリーズの江戸版といった趣で、そこに「嗤う伊右衛門」や「覗き小平次」の様な「江戸怪談」シリーズのフレイバーも取り入れた感触。

いずれにしても京極作品の世界線は同一のもので、終戦10年後辺りを描いた「百鬼夜行」シリーズの主人公中禅寺秋彦の曽祖父として、江戸末期の「巷説百物語」シリ

ーズに登場してきた中禅寺洲斎を主人公に据えた中編である。

「作事奉行」ということは土木建築絡みを管轄する幕府の役人、上月監物の娘、雪乃は亡き母親の月命日で墓参した寺で、この世の者とも思われぬ美しい青年と3度目の遭遇を果たし、心惹かれてしまうのだが、お付きの女中お葉は何故かその男を酷く恐れている。

いつものその男の出現を発見するのはお葉で、その都度彼女は昏倒し、介抱されている不在の間に、その男、萩之介は現れるのだ。

お葉が萩之介を恐れる理由。

萩之介は上月監物の配下の商人、材木問屋近江屋源兵衛の娘登紀、口入屋辰巳屋棠蔵の娘実弥、そしてお葉の3人が共謀して殺害したはずの男だからなのであった。

亡霊に怯える3人の娘と、その男に恋焦がれる雪乃。やがて娘たちは再び後戻り出来ない犯罪に手を染めていく。

上月監物はその背後に自らが若い頃に出世のために犯した悍ましい犯罪との因縁を感じ取り、憑き物落とし中禅寺洲斎を召喚するのであった。

冒頭、中禅寺洲斎が犯人「狐」と相対して会話するシーンから始まるのだが、それは百鬼夜行シリーズの第5作目「絡新婦の理」を思わせる。

「絡新婦の理」では、ヴィヴィッドにピンクの桜の花が舞い散るそのシーンは、読者に鮮烈な劇場映画の様な映像を伴ってイマジネーションを刺激するが、本作では彼岸花の真紅と深淵なドープな黒とのコントラストを連想させ、如何にも舞台向けな感じがした。

そして語られる中禅寺洲斎の出自。即ちそれは中禅寺秋彦のルーツでもある訳で、京極夏彦作家生活30周年の今年は、京極作品の中でいろいろなことが大きな展開を見せる年の様だ。

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魔獣狩り(淫楽編)/夢枕獏

「陰陽師」シリーズで知られる人気作家夢枕獏の、1983年に出版された、「キマイラ吼」シリーズと並ぶ、キャリアの最初期の代表作シリーズ「魔獣狩り」の記念すべき第1作目。

最近購入した本ではなく、移住の際の断捨離から逃れて小田原から名古屋にやって来た本である。

そういった本は、24年前に他界した父が所有だったものも含めてそれなりにあるので、今後はそういう本も読み返していこうとも思っている。

ただ名前書いただけみたいなサイン。

実は夢枕獏さん、小田原出身の作家さんで、以前このブログでも書いたことのある、僕が大学に行きもぜずにバイトしてチーフにまで昇りつめたレストラン・バー「サムタイム」のママさんの友達であった。御本人が新進気鋭の若手作家として注目され始めたばかりの頃で、この本もその当時、夢枕獏さん御本人から頂いたサイン本なのである。

小田原を後にする時、久々に手に取って、懐かしさと同時に面白かった記憶が蘇り、そのうち読んでみようと思って取っておいたのだ。

トンデモない高圧エネルギーを放つ小説である。漫画的といえば漫画的でもあるし、実際、コミカライズされている筈である。

拳法とか格闘技とかの達人の、無茶苦茶強い男たちが無茶苦茶な戦いを繰り広げながら、セックスとかもガンガンする、みたいな話で、特にこの第1巻の「淫楽編」はその名の通り、官能小説化の様な描写に溢れている。

この「サイコ・ダイバー」シリーズは、ネットの世界に特化されていないが、ある意味、1983年の時点においてサイバー・パンクな世界観を先駆けており、他人の意識の中に潜り込み情報を取り出す職人九門鳳介が主人公で、高野山から盗まれた空海のミイラを巡って多くの勢力・組織が壮絶な争奪戦を繰り広げながら、最終的にその空海に「潜る」というお話。

この最初のお話は全3巻で一応完結しており、残り2巻も所有している。だがWIKIってみたところ、その後シリーズは2010年の25巻まで27年間続いていた様だ。

そこまでは付き合えないなと思った。

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週刊朝日ムック 歴史道 Vol.34 太平洋戦争全史 1941-1945

僕は自分のことを右翼とも左翼とも思ってない。そんな定義付け自体、嫌いである。そういう名の下になされる決めつけが嫌なのだ。

大体人間そんなはっきりと完全にどっちかに振り切れるものではないと思うし、70%と30%とか、もっと細かく64%と36%とかだってあるだろう。

右翼でも左翼でもない。強いていうなら喜納昌吉さんのいう通り「仲良く」である。

自分の考えを人に押し付けるつもりも無いし、何かを100%信じて流されることもないと思う。

ただ事実として、常識として、正確なことを把握しておきたかった。

60歳になってからというのも遅いのかも知れないが、そういった資料を手元に置いておきたくなって、手軽なこの本を購入した。

きっかけは映画「オッペンハイマー」を見たことと、以前、このブログでも紹介した「ボマー・マフィアと東京大空襲」という本を読んだことだと思う。

それらに感化されて100%それを信じたという訳ではもちろんない。ただ自分なりに思うところはあった。

映画、そして書籍という2つの作品から、期せずして第2次世界大戦における、アメリカ側のインサイド・ストーリー的なものに触れ、日本側の出来事に関して、自分の知識に曖昧なことが多いと思ったのだ。

そして客観的事実として太平洋戦争全史を把握して、頭を上げて、周囲を見渡し、我に帰り、未だ戦争に溢れるこの惑星に絶望する。

「バカなのか」「なら滅んでしまえ」と。

故水木しげるさんは言った。「戦争はいかんです。腹が減るです。」

ホント、その通りだと思う。

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歴史と人物 日本軍兵士のリアル〜教科書が教えてくれない太平洋戦争

前述の「太平洋戦争全史」が歴史的な客観的事実だとすれば、こっちは当時の様々な事情や背景を補完する資料になると思い、同時に購入した1冊。

明治維新以降に形成されたいった天皇への絶対的忠誠と生命軽視の精神主義は、当時の時代背景の中で、仮にそれも致し方なかったとした上で、客観的事実として、日本軍とはどういう軍隊で、兵士はどんな境遇を体験し、どの様なことを強要されていたのか。それを知りたい。

そんなことを考えながら読んでいた。

かつての日本軍の行為を反省する視座を、右寄りの人はよく「自虐的歴史観」などと言うが、その人は戦争に行ってない。

もちろん僕も行ってない。行きたくなし、行かない。それ以前にもう歳だから行かされることも無い訳だが、、、、。

「即戦即決」の思想から生まれた人命軽視の伝統。故に軽んじられた医療品、食料品などの補給物資の慢性的な不足。餓死。病死。戦う以前に輸送船ごと沈められる海没死。皇軍にはいないとされてきた精神疾患。生還した後に発症するPTSDと家庭崩壊。悲惨なこと、この上ない。

各章毎に軍事作戦の推移と、日本軍兵士のリアルと題された考察で構成されており、当時の日本軍の組織・命令系統、階級の仕組みやら資料も併記されている

喉元過ぎれば熱さを忘れる。対岸の火事の熱さは伝わらない。その川がヨルダン川だとして、どこにあるのかも分かってない人もいることだろう。

政治家の裏金問題などが紙面のトップを飾り、TVショーで識者がイキってなんやかんや言い合ってるこの国の現状に、つくづく平和な国なんだなあ、と実感する。

のほほんとしてしまうぐらいだ。多分ありがたいことなんだろうね。縁側でお茶啜って猫でも撫でたい気分だ。

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病葉草紙/京極夏彦

これまた京極作品なのだが、彼の作品には元になった江戸時代の本・画集があり、そこに描かれた妖怪とその解説に基づき、お話が展開するという、ひとつの形式がある。

「百鬼夜行」シリーズは、それは江戸時代の絵師鳥山石燕の「画図百鬼夜行」から引用されているため、そう呼ばれる様になったものであり、「巷説百物語」シリーズは竹原春泉「絵本百物語」から引用されている。

パターンとして、タイトルがあり、めくった2ページ目にその引用された絵と添えられていた解説が乗っている、というのが定石だ。

本作「病葉草紙」はその亜流というか、ちょっとしたセルフ・パロディというか、同じパターンを踏襲しながらも、扱った原典が、室町時代末期の医学書「針聞書」という本で、引用されたのは妖怪ではなく、虫。

当時は病気の原因の多くは体内に潜む虫と考えられていた様で、「針聞書」には針の打ち方や人体解剖図と共に

63点もの虫の絵が掲載されており、その虫たちがメチャクチャ独特なゆるキャラの様な生物なのだ。

主人公は「巷説」シリーズの前日譚「前巷説物語」で50歳代として描かれていた草本学者久瀬棠庵の若き日の姿。本作では20代前半となっている。その知識欲が人情を上回ってしまう変人棠庵の周りで起きた珍事件を「虫」のせいであることに見立てて丸く収めて解決して行くという筋立てである。

舞台は八丁堀に程近い因幡町の八軒二棟からなる藤左衛門長屋。生まれながらにして薬種問屋の御隠居の息子、少しおっちょこちょいな差配の藤介が狂言回しとなって物語は進行していく。この長屋が舞台というところがミソで、登場人物や言葉遣いから、落語の様な軽妙さがあるとことが本作の魅力と言えるだろう。

とは言え若き日の久瀬棠庵にも謎は多く、その後盾は佐渡奉行根岸鎮衛であったりする。あの、実話であるとして書かれた奇談・雑話の聞書「耳袋」の作者である。

また久瀬棠庵は「前巷説物語」の中で、稲荷坂の祇右衛門の襲撃を受けて死んだ者、逃げ延びた者などいる中、唯一、消息が分からない人物で、それはシリーズ最終巻で閻魔屋女将のお甲が飛騨で生き延びていたことが明かされたのにも関わらず、久瀬棠庵の消息だけは最後まで語られることはなかった。

本書が創作された意図に今後に繋がる何かがあるのか?続編があるのか?気まぐれか?単に「針聞書」をモチーフにしたかっただけか?その主人公として単に最適だっただけか?

とにかく最近は何かと30周年を迎える物事が多い。丁度30年前辺り、90年代前半は熱かったのだろうか。まあ、そんな気もする。

京極夏彦も作家生活30周年なのだという。そのサプライズかの如く現れた久瀬棠庵の物語。有り難く拝読させてもらった。

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